破格の中古システム手帳を前に、立ち止まった私
正直に申し上げると、今でも少し後悔しています。
破格で出品されていた中古のシステム手帳。
ずっと気になっていたメーカーのもので、私が見つけた時点ではまだ購入可能でした。
けれど、迷っているうちに、あっという間に売り切れてしまいました。
「迷わずに買うべきだったのではないか」
「この値段なら、もし合わなくても大きな損にはならなかったのに」
そんな思いが、あとからあとから湧いてきました。
それでも「良かった」と思える自分がいる理由
一方で、不思議なことに、どこかホッとしている自分もいました。
冷静になって考えてみると、
システム手帳は本当に、そんなにたくさん必要でしょうか。
世の中には魅力的なシステム手帳が溢れています。
革の質感、リング径、サイズ感、色味。
どれも個性があり、どれも素敵で、「欲しい」と思わせる力を持っています。
物欲の波と、これまでの私
振り返ってみると、私はこれまで何度も物欲の波を経験してきました。
波にうまく乗れる時もあれば、
飲み込まれそうになる時もあり、
時には溺れかけたこともあります。
特にシステム手帳は「使い道」よりも「所有欲」を刺激しやすい存在です。
革製品であること、経年変化を楽しめること、
そして「使い手の人生が刻まれていく」という物語性。
それらが重なり合い、理性よりも感情が前に出てしまうのです。
もし、すべてを手に入れられたとしたら?
ここで、ひとつ自分に問いかけてみました。
もし私に、有り余る資産があって、
欲しいシステム手帳をすべて購入できたとしたら。
それは、本当に私の望む姿なのでしょうか。
手帳は「集めるもの」ではなく、「使うもの」。
毎日使える手帳の数には、どう考えても限りがあります。
毎日使うからこそ、育つ相棒
システム手帳の魅力は、毎日手にすることでこそ発揮されます。
革は少しずつ柔らかくなり、
傷やシワさえも、その人だけの表情に変わっていく。
一緒に時を刻み、生活の一部になる。
それは、数を持つことで得られるものではありません。
厳選した一冊を、長く使い続けること。
それこそが、私が本当に理想としている姿なのではないか。
そう思えたとき、
破格のシステム手帳を「手放した」選択も、
決して間違いではなかったのだと感じられるようになりました。
ご縁のある手帳を、大切にするという選択
本当に素敵な手帳は、星の数ほどあります。
けれど、そのすべてを手元に置く必要はありません。
大切なのは、
ご縁があった手帳を、どれだけ大切にできるか。
まだ未練がないと言えば嘘になります。
それでも今回の出来事をきっかけに、
手持ちの手帳の数を見直してみようと思いました。
少数精鋭で、自分だけの相棒を見つけたい
あれもこれも素敵で、心を奪われてしまう。
それは、システム手帳が魅力的である証拠でもあります。
けれどこれからは、
「今の自分に本当に必要か」
「毎日使う姿が想像できるか」
そんな基準で、少数精鋭の相棒を選んでいきたい。
破格の中古システム手帳を見送った経験は、
私にとって「買わない選択」の価値を教えてくれました。
この選択が、
これからの手帳時間を、より豊かなものにしてくれると信じています。

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