やめられない、とまらない、ちくちく刺し子

裁縫の余白
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刺し子布巾が完成しました。

今回は、手元にあった在庫の材料だけで、
図案も決めず、自由気ままに、気楽に、ただただ針を進めました。

柄はありません。
あるのは、ひたすら「刺す」時間だけ。

ただただ刺し進める、それだけの刺し子です。


図案なし・計画なし。それでも楽しい

刺し始めは完成まで程遠いので、刺す速度もほどほど。
隙間時間の息抜きに、ちょうどいい存在でした。

ところが、完成が近づいてくると様子が変わります。
「あと少し」「ここまで来たら」と、ついつい続けて刺してしまう。
優先順位は低いはずなのに、気づけば針を持っている自分がいました。

何の計画もなく、下絵もなく、ただただ刺すだけ。
それなのに、どうしてこんなに楽しいのだろう、と不思議になります。


在庫布と余り糸で始める気軽な刺し子

今回使ったのは、家にあった晒しと余り糸。
「新しく何かを買わなくても始められる」という気軽さは、刺し子の大きな魅力のひとつです。

準備万端でなくてもいい。
完璧な図案がなくてもいい。
ただ布と糸と針があれば、すぐに始められる。

このハードルの低さが、「ちょっとやってみようかな」という気持ちを後押ししてくれます。


無心になれる時間が、心を整えてくれる

世の中では、AIや人工知能、宇宙開発など、目まぐるしく技術が進歩しています。
便利で、速くて、効率的なものが次々と生まれていきます。

その一方で、私は布に針を刺し、糸を通し、また刺す。
とても単純な作業を、延々と繰り返しています。

この時間が、とても心地よいのです。

考えごとをしているようで、していない。
頭の中が少しずつ静かになっていく感覚。
刺し子は、私にとって小さな“瞑想”のような時間なのかもしれません。


指先を使って「何かを生み出す」喜び

指先を使う。
指先を使って、少しずつ何かが形になっていく。

それはとてもささやかなことですが、確かな達成感があります。
たった一本の糸が、布の表情を変えていく様子を見るたびに、心が満たされていきます。

完成した布巾を眺めていると、
「こんなに刺したんだなあ」と、時間そのものが形になったように感じます。


刺し子は“隙間時間”の最高の相棒

5分、10分。
本来はそれくらいでやめておきたいはずの時間。

でも、気づけば「もう少し」と続けてしまう。
やめられない、とまらない理由は、ここにあるのかもしれません。

刺し子は、忙しい日々の中でも無理なく取り入れられる趣味です。
テレビを見ながらでも、子どもを待つ間でも、ほんの少しの時間で進められます。

それでいて、確実に“形”が残る。
この満足感は、なかなか他では味わえません。


図案がなくても、刺し子は楽しめる

刺し子といえば、美しい伝統模様や幾何学模様を思い浮かべる方も多いと思います。
もちろん、それも刺し子の醍醐味です。

けれど今回のように、図案なしで気ままに刺す刺し子も、また違った楽しさがあります。

ルールがないからこそ、自由。
正解がないからこそ、気楽。

「上手に刺そう」と思わなくていい刺し子は、想像以上に心を軽くしてくれます。


ただ刺すだけ。それがこんなにも満たされる

ただ刺すだけ。
それだけなのに、こんなにも満たされる。

忙しい毎日の中で、何かを“効率よく”こなすことに慣れていると、
この時間の価値に、あらためて気づかされます。

刺し子は、結果よりも「過程」が楽しい手仕事。
完成した布巾ももちろん嬉しいですが、何より楽しかったのは、その途中の時間でした。


ちくちく刺し子は、心を整える小さな習慣

やめられない、とまらない、ちくちく刺し子。
それは、単なる手芸ではなく、私にとって心を整える時間になっています。

特別な準備も、特別な技術もいりません。
ただ、布と糸と針があればいい。

もし少し疲れていたり、気持ちを落ち着けたいと感じているなら、
図案のない刺し子を、気楽に始めてみるのもおすすめです。

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