人に言われても動かなかったのに、自分で思ったら一気に動けた話

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言われて動くのと、自分で動くのは全然違う

何かをするにあたって、人から言われて動くのと、自分の中から「やろう」と思って動くのとでは、取り組み方が全然違うなあと感じています。

言われたことは、一応やる。
けれど、どこか受け身で、最低限で終わることも多い。

それに対して、自分で「やった方がいい」と思ったときは違います。

誰に言われるでもなく、自然と動いているし、気づけばあれこれ調べたり、優先順位を考えたりしている。

同じ行動でも、中身がまるで別物だなと思います。

防災のことでも、はっきり差が出た

これまで主人から、「防災対策はしておいた方がいい」と言われていました。

その通りだと思いつつも、正直なところ、行動はほどほどでした。
なんとなく準備はしているけれど、本気とは言えない状態。

けれど、あるとき自分の中で危機感が強くなった途端、一気に動きが変わりました。

必要なものを調べて、買い揃えて、どう備えるかを考える。
あれこれ迷うこともなく、自然と手が動いていました。

あのとき、「やる気を出そう」と思ったわけではなかった気がします。
ただ、動いていた、という感じです。

言われてやるんじゃない

この感覚って、子どもにも同じことが言えるのかもしれないなと思いました。

勉強ができる子って、「勉強しなさい」と言われてやっているイメージがあまりありません。
むしろ、言われたことがないんじゃないかと思うくらい、自分でやっている。
特別なことではなくて、自然に机に向かっているように見えます。

スポーツでも、習い事でも同じで、結果を出している子ほど、「やらされている感じ」がない。

誰かに言われたからではなくて、自分でやると決めて、自分で動いている。

だから続くし、積み重なっていくんだろうなと思います。

やる気というより、「スイッチ」が入るかどうか

じゃあどうやったらそうなるのか、と考えるのですが、
「やる気を出そう」として出せるものでもない気がしています。

それよりも、何かのきっかけでスイッチが入るかどうか。

今回の防災のこともそうで、「やった方がいい」と言われていたときは十分に動けなかったのに、
自分の中で「これはちゃんとやらないと」と思った瞬間、一気に動けるようになりました。

こういう内側の変化ひとつで、行動ってここまで変わるんだなと実感しました。

外からじゃなくて、中から動く

人は、外から言われて動くこともできるけれど、
本当に動くときは、やっぱり自分の中に理由があるときなんだと思います。

それが危機感なのか、興味なのか、焦りなのかは人それぞれですが、
自分の中で「やる」と決まったときの強さは、やっぱり違う。

だからこそ、無理に動こうとするよりも、自分の中で何が引っかかっているのか、何に反応するのか、
そういう小さな変化に気づくことの方が大事なのかもしれません。

うまく言えないけれど

まだうまく言葉にはできないのですが、
人って、本来は自分で動けるものなんだろうなと思います。
ただ、そのスイッチが入るかどうかだけで。

今回のことで、そんなことをぼんやり考えていました。

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