門前の小僧、習わぬ経を読むという教育方針
「門前の小僧、習わぬ経を読む」。
この言葉は、私の子育ての軸になっています。
もっと計画的に、もっと熱心に関わった方がいいのではないか。
そう思うことは、正直に言えば何度もあります。
それでも最終的に立ち返るのは、「教え込まなくても、環境が人を育てる」という考え方です。
無理に覚えさせるよりも、身近に置く。
努力させるよりも、自然に触れさせる。
その延長線上に、我が家の「漫画のある風景」があります。
我が家に多いのは“学習漫画”
我が家には、たくさんの漫画があります。
いわゆる「学習漫画」と呼ばれるものを中心に揃えています。
子供たちにとって、漫画はあくまで娯楽です。
机に向かう「勉強」ではありません。
だからこそ、知識が抵抗なく入り込んでくるのだと思います。
小学三年生の長男が、ある日さらっと口にした知識に、
「そんなこと知っているの?」と驚かされることも少なくありません。
正直に言えば、私自身が知らなかったこともあります。
不発に終わる漫画も、もちろんある
もちろん、すべてがうまくいくわけではありません。
せっかく選んで購入したのに、まったく読まれない漫画もあります。
手に取られないまま本棚に並ぶ背表紙を見て、
「これは失敗だったかな」と思うこともあります。
残念無念、そんな気持ちになることも正直あります。
それでも、私はすぐには処分しません。
とりあえず、部屋の片隅に置いておきます。
「今」読まれなくても、「いつか」読むかもしれない
不思議なもので、しばらく経ってから、ふとした瞬間にその漫画を手に取っている姿を見ることがあります。
何がきっかけなのかは分かりません。
ただの気まぐれかもしれません。
でも、その光景を目にしたとき、私はとても嬉しくなります。
内心では、「よしよし」とほくそ笑んでいます。
ミニマリズムと子供の本のあいだで
私はミニマリスト的な暮らしに憧れています。
持ち物はできるだけ少なく、管理しやすく。
その考え方自体は、今も好きです。
ただ、子供の本に関しては、少し考え方が違います。
ある時点では不要に見えた本が、別の時点では価値を持つことがある。
子供の成長と、興味の芽生えは、予測できないものです。
知っているだけで、世界は広がる
何かを“知っている”というだけで、人は興味や関心を持ちやすくなるのではないでしょうか。
知らなければ、気にも留めない。
知っていれば、少し立ち止まる。
その小さな違いが、将来の選択肢を増やすこともあるはずです。
日々の漫画読書は、小さな種まきに役立っている気がしています。
小さな種が、いつか大きな木になるように
今日読んだ漫画の内容を、子供たちは明日には忘れているかもしれません。
それでも構わないと思っています。
どこか心の片隅に残った小さな種が、いつかふと芽を出し、興味や学びへとつながっていく。
そんな未来を想像しながら、今日も本棚に漫画を並べています。


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