待ち時間が楽しみに変わる|靴下編み2足目完成で実感した「編み物のある暮らし」

裁縫の余白
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初めての靴下編みから、2足目の完成へ

11月の上旬、人生で初めて靴下編みに挑戦しました。
そしてこのたび、2足目の靴下が無事に完成しました。

1足目は6本撚りの毛糸を使用していたため、比較的サクサクと編み進めることができました。
一方、2足目は4本撚り。
糸が細くなった分、編み目も細かく、完成までにかかる時間も長く感じました。
同じ「靴下」でも、毛糸の違いで体感はずいぶん変わるものだと実感しました。


まだ簡単靴下、それでも得られる達成感

今回完成した靴下も、かかとのない簡単なデザインです。
途中で間違えた箇所もありますし、編み目の不揃いも目立ちます。

それでも、「最後まで編み切れた」という事実は、思っていた以上に大きな達成感を与えてくれました。
自分の手で作り上げた実感が強く残ります。


編み物は「合間時間」にこそ向いている

編み物に取り組む時間は、特別に確保しているわけではありません。
家事の合間、少し手が空いたとき、ほんの数分でも編み針を持ちます。

リズムよく指先を動かしていると、不思議と気持ちが落ち着きます。
考え事をしながらでも進められるし、無心になる時間にもなる。
この「ちょこっとできる」という点が、今の暮らしにとても合っていると感じています。


待合室は、最高の編み物時間だった

今回、編み物が最も集中して進んだのは、病院の待合室でした。

冬休みに入ってから、子供たちと皮膚科を受診しました。
混雑は覚悟していたので、子供たちは漫画を、私は編み物を持参。

その病院はスマートフォンの通信状態があまり良くなく、スマホを見るには不向きな環境でした。
結果として、他に気を取られるものがなく、ただひたすら編み物をする時間に。

待ち時間が長いほど、編み物はどんどん進みます。
「まだ呼ばれないかな」と感じる暇もなく、気付けば靴下は完成間近。
待ち時間が苦にならないどころか、むしろありがたい時間に変わっていました。


手芸は「生計のため」ではなく「暮らしのため」に

子供のころから、母の影響で手芸は身近にありました。
ただ、「それで生計を立てるのは難しい」という思いがあり、どこか距離を置いていたように思います。

今になって感じるのは、手芸は必ずしも仕事にしなくてもいい、ということ。
暮らしに役立つものを、自分の手で、楽しみながら作れる。
それだけで十分価値があるのだと、ようやく素直に思えるようになりました。


編み物のある暮らしが、日常を少し豊かにする

完璧を目指さず、効率も気にせず、ただ手を動かす。

その積み重ねが、待ち時間を楽しみに変え、気持ちを整え、暮らしを少しだけ豊かにしてくれる。
今は胸を張って、「手芸が好きです」と言える気がしています。

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