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ジークエンスノートを通じて気づいた価値観の変化

文具の余白
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憧れのノートを前にして

「ジークエンスノート」という名前のノートを知って以来、気になる存在でした。
ある日、フリマで見つけて手に入れたのですが、「もったいない」という気持ちが強くて、なかなか使うことができませんでした。

新品のまま眺めているだけで満足できるくらい、特別感のあるノート。
だからこそ、使う場面を選びすぎてしまい、結局ずっと眠らせていたのです。

使い始めて分かったこと

思い切ってジークエンスノートを英語ノートに使い始めたのは、正直なところ半ばやけくそでした。
本当は万年筆で丁寧に筆記して、雑記帳として育てていくつもりだったのです。
ところが、実際に書いてみると万年筆とは相性が悪く、にじみや裏抜けが気になってしまいました。
最初の数ページは思い通りにならず、結局破り捨てることに……。

「せっかく大切に使おうとしたのに、いきなり挫折してしまった」
そんな気持ちで落ち込みもしましたが、開き直ってボールペンで英語ノートにしてみることにしました。

すると不思議なことに、今度は書き込んだ後の紙の凹凸や、ページをめくるときにパラパラと立つ音が心地よく感じられ、自然と「書くこと」が楽しくなっていったのです。

そうして使い続けているうちに、少しの汚れやくたびれ、雑な字さえも「自分のノートの証」として愛着が湧いてきました。
新品のときよりも、今のほうがずっと大切に思える。
まるで欠点だと思っていたことが、気づけば魅力に変わっていたような、不思議な感覚でした。

「きれい」だけが価値じゃない

これまでの私は「きれいなもの」「新しいもの」「美しいもの」にこそ価値があると考えていました。
だからこそジークエンスノートも、最初は大切にしすぎて手が出せなかったのです。

でも実際に使ってみると、汚れた部分や折れたページ、雑に書きなぐった文字さえも、そのノートの歴史を物語ってくれます。
「欠点」だと思っていたものが、時間を積み重ねるうちに「魅力」に変わっていったのです。

ノートが教えてくれる「時間の価値」

ジークエンスノートをざっくばらんに使えるようになって、私は大切なことに気づきました。
それは、私自身のノートの価値は「新品かどうか」ではなく、「どれだけ自分の時間が刻まれているか」で決まる、ということです。

ノートはきれいに保つためのものではなく、日々の思考や学びを映し出す鏡です。
だからこそ、汚れや雑さ、古びた感じもすべてが「時間の証拠」であり、愛着へとつながります。

ノートを使い込むことの意味

ジークエンスノートを通じて、私は「ノートを大切にする」という意味を改めて考えさせられました。
新品の美しさを守ることが大切なのではなく、日々使う中で刻まれる変化そのものが価値になる。
そう思えるようになってから、ノートを開くたびに気持ちが軽くなり、書くことそのものが楽しくなりました。

これからもジークエンスノートを英語学習に使いながら、自分の記録を重ねていきたいと思います。
そして、汚れても古びても、それこそが唯一無二の価値だと胸を張って言えるように。

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