靴下編みから始まった「小さな集中時間」
今年11月上旬から、初めて靴下編みに挑戦しました。
1足目は6本撚りの毛糸で編み、現在は4本撚りのより細い糸で2足目を編んでいます。
細い毛糸は目数も増え、どうしても編み進むスピードが遅くなります。
「早く完成させたい!」という気持ちと、「いや、ゆっくりでいいんだよ」という気持ちが交互にやってきます。
それでも、気が向いたときに少しずつ編み針を動かし、ふとした息抜きの時間にコツコツ進めていく。
その積み重ねが、編み物の醍醐味なのだと感じています。
単純作業の心地よさに気づく
指先の動かし方にも少しずつ慣れてきて、編み針と毛糸がリズムよく動く瞬間がとても心地よい。
私はどうやら、こうした「単純作業を淡々と続ける時間」がとても好きなようです。
現代は、単純作業ほど機械に代わられやすく、効率化が優先されます。
「機械化の波に飲まれてしまう人間なのかな」と少し切なくなる瞬間もありますが、一方で、こうした手作業は精神衛生の面で大きな意味を持っている気がします。
指先を動かすと、頭がスッキリしていく不思議
編み物をしていると、だんだん頭がクリアになっていく感覚があります。
考え事が整理されるというよりは、余計な雑音がゆっくりと小さくなっていくような、そんな静かなリセットの時間。
世の中がどんどん自動化し、AIが人間より正確に、素早く、効率的に作業をこなしてくれる時代。
それは本当にありがたいことです。
でも、すべてを機械に外注してしまったら、人が使わなくなった能力はどんどん衰えていく。
自分の体や心の維持という点でも、機械が「できてしまう」ことでも、自分が楽しく続けられるならやってみる価値はあるのではないでしょうか。
完成度よりも“楽しんで続けられるもの”が宝物になる
手作業に向き合っていると、
「上手にできなくてもいい」
「完成度ばかりが価値ではない」
ということを、改めて思い出させてくれます。
たとえ完璧ではなくても、楽しんで取り組めるものがある。
夢中になれる対象がある。
それ自体が、価値のあることだと思います。
ただ「好きだから続けられる」ものがあることが、心を支える小さな幸せになるきがしています。


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