帰省したら、ゴミ箱が自由奔放なハイテク三兄弟になっていた話。

生活の余白
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義実家に帰省したら、ゴミ箱が新調されていました。
それも、ただのゴミ箱ではありません。
いわゆる「ハイテクゴミ箱」です。

近づくと、シュッと音を立ててフタが開く。
手を触れなくてもいい、清潔。

問題は、その「近づくと」の判定が、理解不能なところです。

誰もいないはずのキッチンで、
「ウィーン……パタン」
しばらくして、
「ウィーン……パタン」
誰も呼んでいないのに、勝手に自己主張を始めるゴミ箱。

夜中、静まり返った義実家。
冷蔵庫のモーター音だけがかすかに聞こえる中、突然始まるゴミ箱の開閉ショー。
正直、ホラー要素があります。

義母にそれとなく聞いてみました。
「このゴミ箱、よく開きますね」
すると義母は、慣れた様子で一言。
「そうなのよ。よくあるの」

よくあるんだ。
受け入れ済みなんだ。

困るのは、実際にゴミを捨てたいときです。
たとえば、燃えるゴミを捨てたい。
私は燃えるゴミ用のゴミ箱の前に立ち、手を伸ばします。

すると――
「ウィーン」
……開いたのは、隣の燃えないゴミ。

一拍遅れて、
「ウィーン」
……なぜか、まったく関係のない一番端のプラスチックのゴミ箱まで開く。

肝心の、今まさに捨てたいゴミ箱だけが、沈黙。

逆もあります。
ようやく正解のゴミ箱が開いた、その瞬間。
「ウィーン」
「ウィーン」
関係のないゴミ箱たちも、なぜか便乗。

完全に、ゴミ箱に主導権を握られています。

思えば、最近の家電はどれも賢すぎます。
自動で判断し、先回りし、こちらの意図を読もうとする。
でも、その精度が絶妙にズレている。

人間は「今、開いてほしい」と思っている。
ゴミ箱は「今、開くべきだと感じた」と思っている。
この微妙なすれ違いが、家庭内に小さな混乱を生む気がします。

私はアナログなゴミ箱が好きです。
踏めば開く。
離せば閉まる。
そこに迷いはありません。
人間とゴミ箱の、明確な上下関係。

それに比べて、このハイテクゴミ箱。
対等、いや、ややゴミ箱優位。

便利さとは?
最新であること=快適??
もしかしたら、多少不便でも「思った通りに動く」ことの方が、人は安心するのかも???

義実家のゴミ箱は、今日も静かに、しかし確実に、誰もいない空間に反応しています。
きっと今も。
私がこの記事を書いている、その間にも……

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