小学校の旗当番で感じた小さな違和感|「ちょっとした配慮」の大切さ

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ちょっとした配慮や気遣いを大切にしたい

子どもたちが小学校に通うようになってから、地域の旗当番を担当するようになりました。

私の住んでいる地域では、その地区で小学校に通う子どもがいる家庭が順番に担当する仕組みになっていて、おおよそ月に1回、朝30分ほど交差点に立ち、黄色い旗を持って子どもたちの登校を見守ります。

長男が入学してから今年で4年目。
これまで何度も担当してきました。

担当になった以上は、きちんと責任を持って務めたいと思っています。

そんな旗当番の中で、先日ちょっとした出来事がありました。

ぐちゃぐちゃになっていた黄色い旗

担当日の朝、手提げバッグの中から旗を取り出したとき、思わず驚きました。

旗がぐちゃぐちゃになっていたのです。

強いしわがたくさんついていて、明らかに雑に押し込まれたような状態でした。

雨の日に濡れたまましまったのか、急いで片づけたのか、その事情までは分かりません。

これまで、旗が回ってきたときに中の状態まで確認することはありませんでした。
そのため、その日の朝になって初めて気づきました。

そのままその旗を持って、当番をすることになりました。

そのまま回すこともできたけれど

正直、そのまま次の担当の方へ回すこともできました。

自分もこういう状態で受け取ったのだから、このままでもいいのではないか。

そんな考えが一瞬頭をよぎったのも事実です。

けれど、どうしても気になってしまい、一度家に持ち帰ってアイロンをかけました。

しわを伸ばして整え、できるだけきれいな状態にしてから次の方へ回しました。

ほんの少しの手間です。

でも、そのほんの少しの手間を惜しまずにかけられたことを、今回は自分でほめたいと思いました。

小さなことに表れる気づきや配慮

旗をバッグに戻すとき。

少し整えてたたむ。
しわになりにくいように入れる。

それだけのことです。

ほんの些細なことかもしれません。

けれど、こうした小さなことにこそ、その人の気づきや配慮が表れるように思います。

ほんのひと手間かけるだけで、次に受け取る人の気持ちはずいぶん違うはずです。

集団生活というのは、こうした小さな思いやりの積み重ねで成り立っているのではないでしょうか。

ちょっとした配慮や気遣いを大切に

もしかすると、私は気にしすぎなのかもしれません。

もっと大らかに受け流せば、こんなふうにモヤモヤすることもないのでしょう。

それでも、しわになってしまうことくらいは少し想像して、ほんのひと手間かけて片づけてもいいのではないかな、と思ってしまいます。

旗当番というほんの小さな地域活動の中でも、ちょっとした気づきや配慮があるだけで、関わる人みんなの気持ちは変わるはずです。

子どもたちに思いやりや気遣いの大切さを伝える立場だからこそ、大人自身もそうした小さな配慮を忘れずにいたいものです。

せめて私は、こうしたほんの少しの手間を惜しまないでいたい。

そんなことを思った朝でした。

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