「もっと違う自分だったら。」
そんなことを考えたことはありませんか。
髪質、顔立ち、体型。
人にはそれぞれ、ひとつやふたつ、気になるところがあるのではないでしょうか。
私にも長い間、どうしても好きになれないものがありました。
それは、自分の癖毛です。
学生の頃は、さらさらのストレートヘアに憧れていました。
もし自分もあんな髪だったら、もっと自信を持てたのではないか。
そんなことを、本気で思っていました。
学生時代は癖毛が大嫌いだった
学生の頃、私は自分の癖毛が大嫌いでした。
テレビや雑誌で見るような、さらさらと風になびくストレートヘア。
「もし自分もあんな髪だったら」
そう思ったことは、一度や二度ではありません。
アルバイトができるようになってからは、お金を貯めて縮毛矯正をかけるようになりました。
鏡を見るたびに髪がまっすぐになっていることが、本当にうれしかったのを覚えています。
ようやく自分も、人並みの髪になれたような気がしていました。
しばらくの間、縮毛矯正は私にとって欠かせないものでした。
妊娠・出産をきっかけに手放したもの
そんな生活が変わったのは、妊娠・出産がきっかけでした。
美容院へ行く時間を確保することが難しくなり、縮毛矯正を続けることもやめました。
いつしか美容院自体にも、ほとんど行かなくなりました。
そして今、私の髪はすっかり癖毛に戻っています。
学生時代の私なら、きっと鏡を見るたびに落ち込んでいたでしょう。
でも、不思議なことに、今は違います。
「これが私の髪なんだな」
そんなふうに思えるようになりました。
もちろん、朝まとまりにくい日はあります。
湿気の多い日は、「やっぱり大変だな」と感じることもあります。
それでも、昔のように「この髪じゃダメだ」とは思わなくなりました。
容姿へのコンプレックスも少しずつ変わった
髪だけではありません。
若い頃は、自分の容姿そのものにも強いコンプレックスがありました。
鏡を見るたびに、
「目がもっと大きければ」
「鼻がもう少し高ければ」
「もっときれいに生まれていたら」
そんなことばかり考えていました。
街で美しい人を見かけるたびに、うらやましい気持ちになっていたこともあります。
今でも、美しい人を見れば「素敵だな」と思います。
うらやましい気持ちが、まったくなくなったわけではありません。
でも、その気持ちに振り回されることは、ずいぶん減りました。
自分の顔は、自分の顔。
それ以上でも、それ以下でもありません。
変えられるものより、受け入れること
今の時代は、美容の選択肢が本当にたくさんあります。
縮毛矯正もありますし、整形という選択肢もあります。
それらを否定するつもりはまったくありません。
自分が納得できるなら、それも一つの生き方だと思います。
ただ、私は年齢を重ねるうちに、こんなことを思うようになりました。
たとえ一つ気になるところを変えたとしても、きっと次に気になる場所が出てくる。
人の「もっとこうだったらいいのに」という気持ちには、終わりがないのかもしれません。
だからこそ、ある程度のところで、
「これが私なんだ」
と受け入れてしまう方が楽なのではないかと。
自分と折り合いをつけること。
それができると、ずっと心は軽くなる気がします。
年齢を重ねたからこそ得られたもの
「欠点があっても、自分は自分だ」と思えるようになってきました。
開き直りなのかもしれません。
諦めなのかもしれません。
あるいは、少し鈍感になっただけなのかもしれません。
でも、それでいいのだと思っています。
癖毛も、容姿も、私が長い時間をかけて付き合ってきたものです。
好きか嫌いかと聞かれれば、「もっとこうだったら」と思う部分は今でもあります。
けれど、その欠点も含めて私自身。
変えられることは変えればいい。
けれど、変えられないものまで否定し続ける必要はない。
そう思えるようになってからは、以前より少しだけ、生きるのが楽になった気がしています。
そんな変化を、悪くないなと思っています。

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