最後まで使いきる心地よさ|短くなった鉛筆が教えてくれた「モノを大切にする」ということ

日々のこと
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我が家には小学生の子供が2人います。

毎日の宿題や授業で使うのは、黒鉛筆と赤青鉛筆です。

学年が上がるにつれ、ノートに書く量も増え、気が付けば鉛筆はどんどん短くなっていきます。

新品の頃は長くて立派だった鉛筆も、毎日の積み重ねの中で少しずつ削られ、少しずつ短くなっていきます。

そんな短くなった鉛筆は、最後に私のところへやってきます。

子供から受け継いだ鉛筆

子供たちが使うには短すぎる鉛筆でも、まだ書けるうちは捨てません。

鉛筆キャップを付けて、私が宿題の丸付けに使います。

丸や花丸を書いたり、簡単なコメントを書いたり。

ほんの少しの作業ですが、その鉛筆には子供たちが積み重ねてきた学習の時間が詰まっているような気がします。

「この鉛筆でたくさん漢字を書いたんだな」

「計算ドリルも頑張っていたな」

そんなことを思いながら使っていると、ただの短い鉛筆にも不思議と愛着が湧いてきます。

お別れの時

そしてある日、その時はやってきます。

もう削れない。

手で持つのも難しいほど短くなっている。

「ああ、これはもう終わりだな」

そう思った時が、お別れの時です。

新品の鉛筆を使い始める時も気持ちがいいものですが、最後まで使いきった鉛筆を手放す時には、それとはまた違う満足感があります。

十分に役目を果たしてくれた。

そう思えるからです。

文房具好きだからこその反省

私は文房具が好きです。

文具店や100円ショップに行くと、ついつい新しいノートやペンに目が向いてしまいます。

SNSで話題の商品を見ると気になりますし、限定デザインなどを見ると欲しくなります。

文房具には「使う楽しみ」だけでなく、「選ぶ楽しみ」や「集める楽しみ」もありますよね??

だから、正直なところ、時々、使いきる前に次のものへ目移りしてしまっています。

まだ十分使えるのに、新しいものを使いたくなる。

気が付けば引き出しの中に文房具が増えている。

そんなことも少なくありません。

だからこそ、使いきるというのは、思っている以上に難しいことだなとも思います。

「使いきる喜び」を忘れないために

世の中には魅力的な文房具がたくさんあります。

これからも私は、きっと新しい文房具を見れば心が躍るでしょう。

そして時には、また物欲に負けてしまうかもしれません。

それでも、短くなった鉛筆を最後まで使いきった時の気持ちは忘れたくないなと思いました。

モノを大切にすること。

最後まで役目を果たしてもらうこと。

使いきった時に感じる静かな達成感。

それらは、新しいモノを手に入れた時のワクワクとは少し違う種類の喜びです。

短くなりすぎて、もう削ることもできなくなった一本の鉛筆。

最後まで使いきられたモノは、役目を終えたものとして手放せます。

そこに罪悪感はありません。

短くなった鉛筆を見ながら、使いきることの気持ちよさを改めて感じました。

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