先日まで、メルカリで超メルカリ市が開催されていました。
送料や手数料がお得になる期間だったので、「この機会に家の不用品を出品しよう」と考えていました。
出品したいものもある程度決まっていましたし、写真を撮って説明文を書くだけ。
本来なら絶好のチャンスだったはずです。
ところが、その期間中の私はなぜか上の空でした。
やろうとは思う。
でも進まない。
気付けば別のことをしている。
別の記事で書いたように、だましだまし動いてはいたものの、全力では取り組めていませんでした。
「まだ期間があるし」と思っているうちに日が過ぎていき、結局ほとんど出品できないままキャンペーンは終了してしまいました。
ところがです。
キャンペーンが終わった途端、私の中の片付けエンジンが動き始めたのです。
家のあちこちが気になる。
不用品を整理したい。
メルカリに出したい。
収納を見直したい。
やる気が、今さらになって湧いてきました。
遅すぎる。
タイミングが悪すぎる。
我ながら思わず苦笑いしてしまいました。
テスト前になると部屋を片付けていた
この感覚には覚えがあります。
学生の頃もそうでした。
大事なテストが近づくと、なぜか部屋の片付けがしたくなるのです。
普段は気にならない机の上の雑然とした物たち。
本棚の並び。
引き出しの中。
急に全部が気になり始めます。
本来なら勉強しなければならないのに、机を拭いたり、本を並べ直したりしている。
そしてテストが終わる頃にはこう思うのです。
「よし、これから心を入れ替えて勉強しよう」
いや、タイミング。
そんなツッコミを、当時の自分に何度入れたことか分かりません。
人はなぜ本当にやるべきことを避けるのか
不思議なことに、やりたくないわけではないのです。
メルカリ出品も、勉強も、やった方がいいことは分かっています。
むしろ「やらなきゃ」と思っている。
それなのに、別のことに意識が向いてしまう。
調べてみると、こうした行動は珍しいことではないそうです。
人は心理的な負荷が大きい課題を前にすると、達成感を得やすい別の作業へ逃げることがあるのだとか。
勉強の代わりに片付けをする。
原稿を書く代わりに机を整える。
出品作業の代わりに収納を見直す。
どれも「何かを頑張っている感」はあるのです。
だから余計に厄介です。
何もしていないわけではないので、自分でも気付きにくい。
でも本当にやるべきことからは少しだけズレている。
私の場合、その傾向がかなり強いのかもしれません(涙)。
大人になったら直ると思っていた
子どもの頃は、大人になればもっと計画的な人間になると思っていました。
締切から逆算して行動し、やるべきことを淡々とこなし、先延ばしなどしない人間になるのだと。
しかし現実は違いました。
年齢を重ねても、中身は案外変わらないものです。
もちろん経験によって対処法は身につきます。
それでも根っこの性質までは、そう簡単に変わらないようです。
今回のメルカリ騒動で、そのことを改めて思い知りました。
子どもに偉そうなことは言えない
私は子どもたちによく、
「宿題は早めにやろう」
「後回しにしない方が楽だよ」
などと言います。
でも今回の自分を振り返ると、あまり大きな顔はできません。
子どもたちもまた、「やった方がいいのは分かっているけれど気持ちが動かない」という状態なのかもしれません。
そう考えると、少し見方が変わります。
怠けているのではなく、人間らしい葛藤をしているだけなのかもしれない。
もちろん、だから何もしなくていいわけではありません。
けれど「なんでできないの!」と責めるより、「分かるよ、その気持ち」と言える方が、少し優しくなれそうな気がします。
あまのじゃくな自分と付き合っていく
なぜ私はこうもタイミングが悪いのでしょう。
なぜ締切が終わるとやる気が出るのでしょう。
自分でもよく分かりません。
ただ、この年齢になって思うのは、性格には良くも悪くも癖があるということです。
あまのじゃくな性質を完全になくすことは難しいかもしれません。
それならば、「私はこういう人間なんだ」と理解して付き合っていく方が現実的なのかもしれません。
どうせまた次も、ここぞという時に別のことを始めたくなるのでしょう。
それでも少しずつ、自分の扱い方を覚えていく。
大人になるというのは、性格を変えることではなく、自分という取扱説明書を厚くしていくことなのかもしれません……
そんなことを考えながら、私は今日も今さらになって片付けを始めています。

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