最近、「年を取ったな」と思うことが増えました。
健康診断では体重が増えていてショックを受けましたし、疲れが翌日に残ることもあります。
記憶力や体力も、若い頃と同じとはいきません。
年齢を重ねれば、できなくなることは少しずつ増えていくのでしょう。
老化は、誰にもやってきます。
「年を取る」ということを、どこかマイナスに捉えてしまいがちです。
でも最近、それとは別に思うことがあります。
老化と、成長は別の話なのではないか。
体力は衰えても、考える力は育てられるかもしれない。
物事の受け止め方は、少しずつ変えられるかもしれない。
昨日の自分より、ほんの少しだけ成長することは、何歳になってもできるのではないか。
そんなことを思うようになりました。
子どもの頃や学生時代は、「成長」がとても分かりやすいものでした。
テストで点数が上がる。
できなかった問題が解けるようになる。
部活で記録が伸びる。
努力が目に見える形で返ってくることが多かったように思います。
ところが大人になると、「成長した」と感じる機会は少なくなります。
誰かがテストをしてくれるわけでも、通知表を渡してくれるわけでもありません。
日々の暮らしは、昨日と同じことの繰り返しに見える日もあります。
それでも、本当に何も変わっていないのでしょうか。
以前なら感情的になっていたことを、一度立ち止まって考えられるようになった。
子どもの話を、最後まで聞けるようになった。
少しだけ家事の段取りがよくなった。
そんな変化は、とても小さなものです。
誰かに褒められることもなければ、点数がつくこともありません。
でも、自分の中には確かに何かが積み重なっている。
そう思えるだけで、昨日と同じ毎日が少し違って見えてきます。
若い頃は、「できること」が増えることを成長だと思っていました。
でも今は、「受け止め方」が変わることも成長なのだと思います。
以前なら落ち込んでいたことを笑って受け流せるようになったり、人と比べる時間が少し減ったり。
そういう変化も、年齢を重ねたからこそ得られる成長なのかもしれません。
人は誰しも、老化から逃れることはできません。
体力は昨日より少し落ちる日があるかもしれない。
でも、考え方は昨日より少し柔らかくなれるかもしれない。
心は昨日より少し広くなれるかもしれない。
暮らしも、昨日より少しだけ心地よくできるかもしれない。
年を重ねることは、失うことばかりではない。
昨日の自分より、ほんの少しだけ前へ。
その積み重ねが、これから先の毎日を、少しずつ豊かにしてくれるような気がしています。
明日の私は、今日の私より、ほんの少しだけ成長していたらいいなと思います。

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