あの時の残念に、あとから意味ができた話

記録と管理

ただ運が悪かったと思っていた

その時は、ただ運が悪かっただけだと思っていました。

新しく使い始めた万年筆の調子がどうにも良くなくて、書くたびに引っかかるような違和感がありました。
楽しみにしていた分だけ、がっかりした気持ちの方が大きかったのを覚えています。

不調な個体に当たってしまった。
それ以上でもそれ以下でもない、そんな出来事として片付けようとしていました。

けれど、そのままにするのもどこか落ち着かず、当時の私は手探りで調べながら、見よう見まねで対処を試みました。
その時は、ペン先が分解できることすら知りませんでした。

正解かどうかも分からないまま、ただ「なんとかしたい」という気持ちだけで手を動かしていました。


ふと、つながった瞬間

それからしばらくして、万年筆を洗浄する機会がありました。

そのとき、以前の記憶がふとよみがえりました。
あのとき触れた構造や手順が、曖昧ながらも手に残っていて、迷うことなく分解して洗うことができました。

あれ、こんなにスムーズだっただろうか。
そう思いながら手を動かしているうちに、あの時の出来事が、今につながっていることに気づきました。

あのときは、ただの「不運」だと思っていたこと。
できれば経験したくなかった出来事。
それが、時間を経て、確かに自分の中に残っていたようです。


その場では意味が見えないこと

その場では意味が見えないことは、思っているより多いのかもしれません。

なぜこんなことが起きるのかと戸惑ったり、ただ遠回りしているだけのように感じたり。
できれば避けたかったと思うような経験も、きっと誰にでもあると思います。

けれど、それらがどこかに消えてしまうわけではなく、見えないところで積み重なっていくのだとしたら。

いつか別の場面で、思いがけない形で手を助けてくれることがあるのかもしれません。


今という点

「今を生きる」という言葉を見聞きすることがあります。

過去でも未来でもなく、目の前のことに意識を向けるという意味では、とても大切な考え方だと思います。

一方で、今この瞬間が、まだ見えていない先につながっていると考えると、少しだけ受け止め方が変わる気もします。

すぐに意味が分からなくてもいい。
今はただ、点のままであってもいい。

その点がいつかどこかで結ばれることを、どこかで信じていてもいいのかもしれません。


小さな出来事に生まれた意味

あのときは、ただうまくいかなかっただけの出来事でした。

けれど今は、少しだけ違う見え方をしています。

残念だった出来事のおかげで、万年筆と向き合う時間も、ほんの少し変わったように思います。

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