心が揺さぶられる瞬間は、突然やってくる
普段は穏やかに暮らしていても、ふとした瞬間に心を大きく動かされることがあります。
一冊の本を読んだ時。
ドラマや映画のワンシーンを見た時。
誰かの言葉に触れた時。
あるいは、何気ない日常の出来事の中で。
それまで静かだった心に波が立ち、普段は考えないようなことを考え始めたり、忘れていた感情が呼び起こされたりすることがあります。
本来なら、感情を大きく揺らさずに生きる方が安全なのかもしれません。
心が安定していれば、毎日の家事や仕事、子育ても滞りなく進みます。
それなのに私たちは、時に自ら本を開き、映画を観て、音楽を聴きます。
まるで、自分から心を揺らしに行くように。
そして偶然であれ故意であれ、その瞬間は訪れます。
心が大きく動いた後は、少し不安定になります。
考えなくてもよかったことを考え、感じなくてもよかった感情を抱き、自分でも戸惑うほど繊細になってしまうことがあります。
子育て中は「地に足をつけていたい」と思う
独身の頃は、感情の揺れをそのまま受け止める余裕があったように思います。
落ち込んだり、悩んだり、何かに没頭したりしても、それによって困る人はあまりいませんでした。
しかし結婚をし、子どもを育てるようになると話は変わります。
親である自分の精神状態は、家庭全体の空気に少なからず影響します。
自分が不安定になれば、子どもも敏感にそれを感じ取ります。
だからこそ、
「できるだけ穏やかでいたい」
「地に足をつけて生活したい」
そう強く願うようになります。
特に女性は、ホルモンバランスの変化やライフステージの影響もあり、感情が揺れやすい場面が少なくありません。
もちろん個人差はありますが、日々の生活の中で感情と向き合う機会は多いように感じます。
私自身も、その一人です。
感受性が強いことを、かつては欠点だと思っていた
私は昔から感受性が強い方でした。
人の表情や言葉に敏感で、本や映画の世界に深く入り込み、時には何日もその余韻を引きずることもあります。
若い頃は、そんな自分があまり好きではありませんでした。
もっと鈍感になれたら楽なのに。
もっと気にしない性格だったら生きやすいのに。
そう思ったことも一度や二度ではありません。
感受性が強い人は、喜びも大きく感じますが、その分だけ悲しみや苦しみも深く受け取ります。
だからこそ、疲れてしまうこともあります。
しかし年齢を重ねるにつれ、少し考え方が変わってきました。
感受性の強さは消そうとして消えるものではありません。
それならば、否定するのではなく受け入れた方が楽なのではないか。
そう思うようになったのです。
感情の揺らぎは、必ずしも悪いものではないはず
つい、「安定していることが正しい」と考えがちです。
もちろん、日常生活を送るうえで安定は大切です。
しかし、感情が揺れること自体は決して悪いことではありません。
なぜなら、人が心を動かされる時というのは、自分の価値観や人生観に触れる何かに出会った時だからです。
感動も、悲しみも、切なさも、憧れも。
それらは人間らしさそのものです。
もし一切心が動かなかったら、本を読んでも映画を観ても何も残らないでしょう。
感受性とは、世界を豊かに受け取るための力でもあると思うのです。
だから、感情が揺れた時に無理やり押さえ込む必要はないのかもしれません。
ただ、その揺れに飲み込まれないように付き合っていくことが大切なのだと思います。
文学や音楽は「負の感情の結晶」かもしれない
私は時々、文学や音楽、映画といった創作物について考えることがあります。
優れた作品ほど、人の心を大きく揺さぶります。
それはなぜでしょうか。
おそらく多くの作品は、作者自身の葛藤や孤独、怒りや悲しみ、満たされない思いから生まれているからではないでしょうか。
創作とは、心の中にある説明しきれない感情を形にする営みです。
苦しみや鬱憤を抱えたままではなく、それを言葉や音楽、絵や物語へと昇華していく。
だから私たちは作品に触れた時、どこかで共鳴するのだと思います。
誰かが必死に向き合った感情の結晶に触れることで、自分の中にある感情もまた動き出すのです。
感受性と上手に付き合いながら生きていく
感受性が強いことは、決して弱さではないと思います。
それは時に生きづらさにつながることもありますが、人の痛みを理解したり、小さな幸せに気づいたりする力でもあります。
その特性を否定しなくてもいいのでは。
感情が揺れた時には、「また揺れているな」と少し距離を置いて眺めてみる。
そして、文章を書くことでも、音楽を聴くことでも、誰かに話すことでもいい。
自分なりの方法で感情を流していく。
そうやって心の中に溜まったものを少しずつ外へ出していけばいいのだと思います。
子どものために安定した親でありたいという願いと、感受性豊かな自分らしさ。
感情を持つことと、地に足をつけて生きることを両立させたいと思います。
これからも心は揺れるでしょう。
本を読み、音楽を聴き、映画を観て、時には深く考え込むこともあるでしょう。
けれど、それもまた人生の豊かさの一部なのだと思います。

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