誰かの影響で広がる世界

日々のこと

最近、気になる人がいます。

その人を知ってから、自分が少しずつ影響を受けていることに気付きました。

それまでなら通り過ぎていたものに立ち止まるようになり、面白いと思うことが少しずつ変わってきたのです。

服のこと。
文学のこと。
ものの見方や、日々の楽しみ方。

以前なら目に留まらなかったものが、不思議なくらい自然と目に入るようになりました。

影響を受けることは、悪いことなのか

昔から、「人に流されないこと」が良いことのように言われます。

だから、「自分は影響を受けやすいのではないか」と気になることもままあります。

でも、最近は考え方が少し変わりました。

影響を受けることと、自分を失うことは、同じではないのだと思います。

誰かの視点を借りることで、今まで知らなかった世界が見えてくることがあります。

その世界が自分に合えば取り入れればいいし、合わなければ手放せばいい。

そう考えると、影響を受けること自体は、決して悪いことではないのでしょう?

興味は芋づる式に広がっていく

一つのことに興味を持つと、不思議なくらい関連するものにも興味が湧いてきます。

一つの小さな入り口から、次々と新しい扉が見つかる感覚があります。

まるで芋づる式に世界がつながっていくようです。

もちろん、時間は有限です。

やらなければならないこともありますし、興味の赴くままに広げ続けることは現実的ではありません。

広げるばかりで深められなければ、それはそれで少し物足りなさも感じます。

だからこそ、広げることと深めること、その両方のバランスが大切なのかもしれません。

視野は目ではなく、心で決まる

最近感じるのは、物理的な視野はそれほど変わらないということです。

毎日歩く道も、いつもの景色も、大きく変わるわけではありません。

それなのに、世界はまるで違って見えます。

興味を持つものが変わるだけで、同じ景色の中から見つかるものが変わるからです。

以前なら気付かなかった本屋の棚。

洋服屋さんのディスプレイ。

道端に咲く花や、美術館のポスター。

今までそこにあったはずなのに、自分の中では存在していなかったものが、急に色を持ち始めます。

物理的な視野は変わらなくても、心理的な視野は驚くほど自由なのだと感じました。

狭くもできるし、広くもできる。

その広さは、自分の興味や関心によって、いくらでも変わっていくのだなあと。

人それぞれ、自分だけの世界を生きている

もちろん、視野は広ければいいというものでもありません。

一つのことを深く掘り下げる人も素敵ですし、幅広くいろいろなものを楽しめる人にも魅力があります。

狭く深く生きる人。

広く浅く楽しむ人。

そのどちらにも、それぞれの豊かさがあります。

興味の対象が違えば、見えている世界も違う。

同じ場所に立っていても、一人ひとりが違う景色を見ながら暮らしているんだろうな。

そう考えると、人と話すことが面白い理由も分かる気がします。

相手が見ている世界を少しだけ借りることで、自分の世界もまた少し広がっていくからです。

おわりに

誰かの影響を受けることに、以前は少し抵抗がありました。

でも今は、その影響が自分の世界を少しずつ豊かにしてくれていることを、素直に楽しいと感じています。

もちろん、何でも取り入れればいいわけではありません。

自分の感覚で選び、自分なりに消化していくことは必要でしょう。

それでも、人との出会いが、新しい景色を見せてくれることは確かです。

自分の世界を大切にしながら、ときどき誰かの世界にも思いを馳せる。

そんなふうに、自分の見える景色を少しずつ広げながら、人生を面白がっていきたいと思いました。

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