いつの頃からだったでしょうか。
私がミニマリストという生き方に、うっすらと憧れるようになったのは。
実家は、いわゆる田舎の家でした。
収納場所はたくさんありましたが、その分、物もたくさんありました。
両親ともに片付けに強いこだわりがあるタイプではなく、家の中には常にさまざまな物が存在していました。
子どもの頃はそれが当たり前の風景でしたし、自分の育った環境として自然に受け入れていたと思います。
けれども大人になり、結婚し、自分で家事を担うようになってから、少しずつ考え方が変わっていきました。
ミニマリストに憧れた理由
ミニマリストという言葉を知ったとき、とても合理的な考え方だと思いました。
物が少なければ掃除が楽になる。
探し物も減る。
管理する手間も少なくなる。
家事全般がシンプルになる。
もともと面倒くさがりな性格の私にとって、それは非常に魅力的に映りました。
「好きな物だけを持つ」
という考え方よりも、
「物が少ない方が楽そう」
という実用的な理由の方が大きかったように思います。
実際に不要な物を処分したり、買い物を慎重にしたりしながら、少ない物で暮らすことに価値を感じる時期がありました。
物価上昇と備蓄という現実
ところが近年、暮らしを取り巻く状況は少しずつ変わってきました。
食品も日用品も値上がりが続いています。
以前なら必要になったときに買えばよかったものを、
「値上がり前に買っておこう」
と考えるようになりました。
洗剤やトイレットペーパー、食品なども、ある程度まとめて購入する機会が増えました。
さらに、国際情勢のニュースを見る中で、物流が滞る可能性について考えることも増えました。
特にホルムズ海峡封鎖の話題を耳にしたときには、エネルギーや物流への影響を想像し、少し不安になったことを覚えています。
その結果として、生活必需品の在庫は以前より増えました。
ミニマリストに憧れていたはずなのに、現実的な備えを考えると、どうしても物は増えていきます。
「丁寧な暮らしのマキシマリスト」という考え方
そんな中で、ある方がご自身のことを
「丁寧な暮らしのマキシマリスト」
と表現しているのを見かけました。
その言葉を聞いたとき、妙に納得してしまったのです。
マキシマリストというと、単に物が多い人という印象を持っていました。
しかし、その方の暮らしぶりを見るとそうではありませんでした。
自分が本当に好きなもの。
大切にしたいもの。
日々の暮らしを豊かにしてくれるもの。
そうした物に囲まれて生活しているのです。
そこには単なる物欲ではなく、自分の感性を大切にする姿勢がありました。
幸せの形はひとつではない
以前の私は、どこかで
「物は少ない方が良い」
と思い込んでいたような気がします。
けれども最近は、そう単純な話ではないと思うようになりました。
確かに物が少ない暮らしには大きな魅力があります。
一方で、自分の好きな物や趣味の道具に囲まれて暮らすことも、また一つの幸せの形です。
大切なのは、物の数そのものではなく、自分が納得しているかどうか。
必要以上に抱え込んで苦しくなるのは避けたい。
でも、好きなものまで無理に手放す必要もない。
そんなふうに考えるようになりました。
今日のつづき
ミニマリストに憧れた時期がありました。
そして今は、マキシマリストの考え方にも共感する部分があります。
どちらが正しいという話ではなく、その時々の暮らしや価値観によって心地よいバランスは変わっていくのでしょう。
以前よりも少しだけ、
「こうあるべき」
という考えから自由になれた気がします。
そんなことを思った、今日この頃です。

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