何年もの間、我が家の冷蔵庫の製氷機は、ほとんど使われることがありませんでした。
冷蔵庫には製氷機能が付いているのに、水を入れることもなく、ただ「使わない機能」として存在していただけです。
今思えば、とても不思議なことなのですが、当時の私は「製氷機は使いたくない」という気持ちを、なぜか強く持っていました。
特別な理由があったわけではありません。
「なんとなく衛生面が気になる。」
「掃除が大変そう。」
「使わなくても困らない。」
そんな漠然としたイメージだけで、何年も製氷機を動かさずに過ごしていたのです。
製氷機を使うきっかけになった長男
そんな私の考えを変えたのは、長男でした。
数年前、夏休みに実家へ帰省したときのことです。
実家の冷蔵庫から出てきた氷を見つけた長男は、とても嬉しそうに口に入れていました。
暑い時期だったこともありますが、それ以上に「氷そのもの」が気に入った様子でした。
冷たい飲み物に入った氷。
口の中でカラカラと転がる氷。
その様子を見ていると、「こんなに喜ぶなら家でも作ってあげたい」と自然に思えたのです。
それまで頑なだった気持ちが、驚くほどあっさり変わりました。
氷がある生活は思った以上に便利だった
それ以来、我が家では一年を通して製氷機が活躍しています。
長男だけでなく、次男も氷が大好きです。
夏にはかき氷を作ったり、暑い日に氷を口に含んで涼んだりしています。
子どもたちにとっては、ちょっとした楽しみの一つになりました。
そして便利さを実感したのは、実は私自身でもありました。
例えば、
- そうめんや冷やしうどんを氷水でしっかり締める
- アイスコーヒーをおいしく飲む
- 麦茶をキンキンに冷やす
- 暑い日に冷たい飲み物をすぐ作る
など、氷があるだけで食事や飲み物の満足度がぐっと上がります。
以前は「なくても困らない」と思っていたものが、今では「あるととても助かるもの」へと変わりました。
思い込みは、自分ではなかなか気付けない
振り返ると、一番不思議なのは、
「なぜ、あれほど製氷機を使いたくなかったのだろう。」
ということです。
もちろん、定期的なお手入れは必要ですし、衛生面に気を配ることは大切です。
しかし、それは製氷機だけが特別というわけではありません。
普段使っている水筒も、麦茶ポットも、まな板も、スポンジも、きちんと洗って清潔に保つ必要があります。
それなのに、製氷機だけを特別視して避けていたのは、自分の中にあった「なんとなく」の思い込みだったのだと思います。
人は、一度思い込むと、それが当たり前になってしまいます。
しかも、その思い込みは、自分では意外と気付けません。
偏見は遠い話ではなく、身近なもの
学校では道徳の授業などで、
「偏見を持ってはいけません。」
と教わります。
そのときは、人や社会の話だと思っていました。
でも実際には、偏見や思い込みは、もっと身近なところにも存在しているのかもしれません。
「これは嫌。」
「これは苦手。」
「これは使わない。」
そんな小さな決めつけも、一種の思い込みと言えるのでしょう。
もちろん、すべてを受け入れる必要はありません。
好き嫌いや価値観があるのは自然なことです。
ただ、「本当にそうなのかな?」と一度立ち止まって考えてみるだけで、新しい発見につながることがあります。
年齢を重ねるほど、柔軟さを大切にしたい
年齢を重ねると、経験が増えます。
経験が増えること自体は、とても良いことです。
一方で、その経験が「こういうものだ」と決めつける原因になることもあります。
若い頃よりも、新しいことに慎重になったり、変化を避けたくなったりすることもあるでしょう。
だからこそ、「昔からそうだから」「なんとなく嫌だから」で判断するのではなく、一度試してみる姿勢を忘れないようにしたいと思っています。
今回の製氷機は、本当に小さな出来事でした。
でも、小さな思い込みが解けたことで、家族の楽しみが一つ増え、私自身の暮らしも少し便利になりました。
これからも、知らないうちに偏った考え方を抱えてしまわないよう、できるだけフラットな気持ちで物事を見られるように気を付けたいなと思います。

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