物事を極める人に共通するものとは
ふとした瞬間に感じることがあります。
何か一つの分野で成果を出している人は、その分野だけでなく、他のことにも優れている場合が多いということです。
仕事でも、趣味でも、人付き合いでも、「この人はすごい」と感じる人は、たいていどの領域でも一定以上の力を発揮しています。
それは単に能力が高いからというだけでなく、物事に向き合う姿勢や熱量の違いによるものではないかと感じます。
一つのことに真剣に向き合う経験がある人は、その取り組み方自体が他の分野にも応用されていく。
だからこそ、結果として「何をやってもできる人」に見えるのかもしれません。
自分を振り返って見えてきた「中途半端さ」
こうした人たちを見ていると、自然と自分自身を振り返ることになります。
受験勉強も、遊びも、日々の家事も——振り返ればどれも「それなり」にはやってきたけれど、「これだけはやり切った」と言えるものが思い浮かばない。
どこかで力を抜いてしまったり、ほどほどで満足してしまったり。
それは決して悪いことではなく、多くの人にとっては「普通」とも言える状態です。
しかし、「すごい」と感じる人たちの存在を目の前にすると、その「普通」が少し物足りなく感じられるのも事実です。
「中庸」と「中途半端」は似て非なるもの
ここで一つ整理しておきたいのが、「中庸」と「中途半端」は同じではないということです。
中庸とは、意識的にバランスを取り、最適な状態を選び取る姿勢です。
一方で中途半端は、どこかで踏み込みきれず、結果として浅い関わりにとどまってしまう状態。
自分のこれまでを振り返ったとき、それがどちらだったのかを見極めることは、これからの行動を考えるうえで大切なポイントになりそうです。
「極める力」を求めて
物事を極める人を見ると、つい「才能があるから」と考えてしまいがちです。
しかし実際には、それ以上に大きいのが「向き合い方」かもしれません。
・最後までやり切る
・細部までこだわる
・納得できるまで繰り返す
こうした積み重ねが、その人の「基準」を引き上げていくのでしょう。
そしてその基準は、別の分野に取り組むときにも自然と発揮されます。
つまり、「極める力」とは特別な才能ではなく、日々の姿勢の延長線上にあるものだと言えるのかもしれません。
まずは一つ、熱量を注いでみる
では、どうすればその力を身につけていけるのでしょうか。
「まずは一つ」に絞ってみようとおもいます。例えば、
・毎日の家事を丁寧にやってみる
・好きなことに少しだけ時間を増やしてみる
・気になっていることを深掘りしてみる
「これだけはちゃんとやる」と決めて取り組むことで、少しずつ自分の中の基準が変わっていけばいいなと。
小さな積み重ねが「自分の軸」になる
一つのことに熱心に取り組んだ経験は、自分の中に確かな手応えとして残ります。
それは自信というよりも、「やればできる」という静かな実感に近いものかもしれません。
その感覚があるだけで、新しいことに挑戦するときの姿勢が変わる気がします。
一つの熱量が未来を変える
これまでを振り返ると、中途半端だったと感じる部分もあるかもしれません。
しかし、今日が人生で一番若い日。
それはこれからを変える余地があるということでもあります。
何か一つでもいい。
自分なりに「やり切った」と言えるものを持つこと。
すごい人たちに憧れる気持ちを、そのまま終わらせるのではなく、小さな行動に変えていく。
その積み重ねを、やがて「極める力」へとつなげていきたいと思いました。


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