夏休み中、子どもたちが家で過ごす時間が増えています。
学校がある時期なら、朝は出かけて、日中も学校で過ごし、帰ってくるのは14~15時頃。
ところが夏休みになると、朝から晩まで家にいる日も増えます。
すると、何が起こるか。
部屋が、驚くほど散らかります。
宿題をしたり、テレビを見たり、本を読んだり、おやつを食べたり。
それぞれの時間を過ごしているだけなのですが、その「ちょっとした行動」の積み重ねが、部屋の状態に如実に表れます。
マンガがあちこちに散らばり、遊んだおもちゃもバラバラ。
さっきまできれいだったはずの場所に、いつの間にか物が増えています。
「読んだマンガは元の場所に戻そうね」
「遊び終わったおもちゃは片付けよう」
そう声をかけること、一日に2~3回。
しかし、暖簾に腕押しとはまさにこのこと。
一度片付けたと思ったら、しばらくすると、また散らかっています。
そして、それを見た私は思うのです。
「ああ……自然法則にはかなわない」
学生の頃に習った、エントロピー増大の法則。
何もしなければ、整然と並んでいたものが自然に元の場所へ戻っていくことはありません。
人が生活すればするほど、物は動き、置き場所が変わり、部屋の状態はどんどん複雑になっていきます。
きれいに整えられた状態を保つには、意識して片付けるという「仕事」が必要です。
そう考えると、我が家の散らかった部屋も、ある意味では当然の結果なのかもしれません。
片付けても、片付けても散らかる
片付けが嫌いなわけではありません。
物がそれぞれ決まった場所に収まり、床に何も落ちていない状態を見ると、気持ちもすっきりします。
だから、散らかっていることに気付けば、私も片付けます。
ところが、せっかく片付けても、また散らかる。
一度や二度ならまだしも、それが毎日のように繰り返されると、さすがに心が折れそうになります。
完璧に片付けることを目指さない
片付けても散らかるのなら、「散らからない部屋」を目指すのではなく、「散らかっても戻せる部屋」にしておく。
そのほうが現実的なのかもしれません。
子どもが毎日使うマンガやおもちゃなら、すぐに手に取れる場所に置いておく。
片付ける場所を分かりやすくする。
そして、遊び終わったら戻すように声をかける。
それでも散らかるときは、また片付ける。
結局は、その繰り返しです。
生活するということは、部屋に何らかの変化を生み続けることでもあります。
だから、家が多少散らかるのは、子どもがいるからこそ起こる「生活の跡」……
そう思えば、少しだけ見方も変わります。
散らかることより、戻せること
もちろん、だからといって散らかし放題でいいとは思いません。
物を踏んでしまったり、必要なものが見つからなかったりすれば困ります。
だからこそ、「使ったら戻す」という習慣は、これからも声をかけていきたいと思います。
今日片付けても、明日また散らかる。
明日片付けても、その翌日にまた散らかる。
それでも、少しずつ繰り返していけばいい。
子どもたちが成長して、自分で部屋を管理できるようになれば、今とは違う景色になるでしょう。
今はその途中なのだと思います。
それにしても、夏休みの我が家の部屋は、なかなかのエントロピーです。
片付けても片付けても、物があちらこちらへ移動していく。
めげずに、今日も声掛けと片付けに励みたいと思います。
そして、きれいになった部屋を眺めて、つかの間の達成感を味わう。
その直後に、子どもがマンガを一冊取り出す。
……そして、またエントロピーが増大する。
夏休みの我が家では、そんな日々が続いています。

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