子どもには失敗してほしくないと思ってしまう
子どもを育てていると、「自分と同じ失敗だけはさせたくない」と思うことがあります。
自分自身が苦い経験をしているからこそ、「その道は危ない」「その選択は後悔するかもしれない」と分かっているのです。
だからこそ、子どもが同じように傷つく前に手を差し伸べたくなります。
転ばないように支え、困らないように先回りし、できるだけ遠回りをさせないように導きたくなる。
しかし、その優しさが本当に子どものためになるのかと考えると、簡単には答えが出ません。
転ばないための杖は本当に必要なのか
ことわざに「転ばぬ先の杖」という言葉があります。
失敗する前に備えをしておくことの大切さを表した言葉ですが、子育てにおいては少し違った見方もできるように思います。
子どもが転びそうになったとき、親が毎回杖を差し出していたらどうなるでしょう。
確かに大きな失敗は減るかもしれません。
余計な苦労をせずに済むこともあるでしょう。
しかしその一方で、自分で考え、自分で判断し、自分で責任を取る機会も減ってしまうかもしれません。
人生には、実際に転んでみなければ分からないことがあります。
失敗したからこそ気づくことがあります。
そして、その経験こそが人を成長させるのだと思います。
失敗からしか学べないことがある
私たち大人も、多くのことを失敗から学んできました。
勉強を後回しにして後悔した経験。
人間関係で相手を傷つけてしまった経験。
挑戦しなかったことを悔やんだ経験。
どれも当時は苦しく、できれば避けたかった出来事だったはずです。
けれど今振り返ると、その経験があったからこそ得られた学びも少なくありません。
もし誰かが先回りして失敗をすべて防いでくれていたら、今の自分は存在していなかったかもしれません。
子どもも同じです。
もちろん命や安全に関わることは別ですが、多少の失敗や遠回りは、成長するための大切な教材なのではないでしょうか。
失敗すること自体に価値があるというより、失敗を通して得られる経験に価値があると思うのです。
親は「見守る勇気」を試されている
とはいえ、頭では分かっていても実践するのは簡単ではありません。
子どもが失敗しそうな場面を見ると、つい口を出したくなります。
「だから言ったのに」
そんな結果になることが分かっていると、なおさらです。
しかし親に求められるのは、子どもの人生を代わりに歩くことではありません。
子ども自身が自分の足で歩けるようになることを支えることです。
そのためには、時に見守る勇気が必要になります。
失敗を防ぐことではなく、失敗しても立ち上がれる力を育てること。
困難をなくすことではなく、困難を乗り越える力を信じること。
親の役割は、転ばせないことよりも、転んだときに安心して立ち上がれる場所でいることなのかもしれません。
子育てに正解はないから迷う
子育てが難しいのは、いつ手を差し伸べるべきか、いつ見守るべきか、その境界線が見えないからです。
放任が良いわけではありません。
過保護が悪いとも言い切れません。
子どもの性格も違えば、その時々の状況も違います。
だからこそ親は迷います。
助けるべきか。
見守るべきか。
声をかけるべきか。
黙っているべきか。
その答えを探しながら、日々子どもと向き合っています。
本当に必要なのは何だろう
子どもに失敗してほしくない。
傷ついてほしくない。
遠回りしてほしくない。
そう願う気持ちは親として自然なものです。
けれど、人生の価値は失敗しないことにあるわけではありません。
失敗しながら学び、転びながら立ち上がり、自分の力で前へ進んでいくことにあるのではないでしょうか。
だから親として今日も悩みます。
転ばぬ先に杖を差し出すべきなのか。
それとも、転んでも立ち上がれる力を信じるべきなのか。
その答えを探しながら、子どもとともに成長していくのかもしれません……

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