「声色」は言葉以上に伝わる。叔母から教えてもらった、人とのつながり

日々のこと

先日、叔母から贈り物をいただいたので、お礼の電話をかけました。

叔母とは、普段から頻繁に連絡を取り合っているわけではありません。連絡するのは、年に1、2回ほど。

そのくらいの距離感だからこそ、電話をかけるときには、やっぱり少し緊張します。

「今、お取り込み中だったらどうしよう」

「電話に出てもらえなかったら……」

「ちゃんとうまく話せるかな」

そんなことを考えながら、少しドキドキしつつ電話をかけました。

すると、何度も呼び出し音が鳴ることもなく、すぐに電話がつながりました。

「もしもし?!」

その叔母の第一声が、とても嬉しそうだったのです。

声を聞いた瞬間に、

「あ、電話をかけてきたことを喜んでくれているんだ」

ということが伝わってきました。

もちろん、叔母が実際にどんな気持ちだったのか、正確なところは分かりません。

でも、その「もしもし?」の声には、なんとなく明るさがあって、弾むような感じがありました。

その声を聞いた途端、私の緊張もふっとほどけました。

最初は「ちゃんと話さなければ」と身構えていたのに、叔母の声を聞いただけで、いつの間にかこちらも嬉しい気持ちになっていました。

声色には、その人の気持ちが表れる

そのとき、改めて思いました。

声色って、こんなにも一瞬で人の気持ちを伝えるものなんだな、と。

言葉そのものは、「もしもし?」という、いたって普通の一言です。

それなのに、声の明るさや勢い、響き方によって、受け取る印象は大きく変わります。

同じ「もしもし?」でも、元気のない声なら「大丈夫かな」と思うでしょうし、明るく弾んだ声なら、「嬉しそうだな」と感じます。

言葉には書かれていない気持ちまで、声が運んできてくれる。

今回の電話で、そんなことを実感しました。

考えてみれば、私たちは普段、人と話すときに「何を言うか」についてはかなり意識します。

失礼なことを言わないようにしよう。

分かりやすく伝えよう。

相手を傷つけないようにしよう。

もちろん、それはとても大切なことです。

でも、「どんな声で伝えるか」ということも、同じくらい大切なのかもしれません。

社交的な人には、自然にできることなのかもしれない

私は、人付き合いがそれほど得意なほうではありません。

特に電話は、少し苦手です。

相手の表情が見えないので、ちゃんと伝わっているのか分かりにくいですし、電話をかける前には「今、大丈夫かな」と余計なことまで考えてしまいます。

一方、叔母は、おそらく私よりずっと社交的な人です。

人と話すことにも慣れていて、こうした明るい声で相手を迎えることも、きっと自然にできるのでしょう。

もしかしたら、それは叔母が長い年月をかけて身につけてきた、人との付き合い方なのかもしれません。

今回、叔母から受け取ったのは贈り物だけではありませんでした。

電話の向こうから、思いがけず「人と接するときの心遣い」のようなものも受け取った気がします。

嬉しい気持ちが伝わるように

私はこれまで、「電話では何を話そう」と考えることはあっても、「どんな声で話そう」と考えることは、ほとんどありませんでした。

でも今回のことで、少し意識してみようと思いました。

誰かから電話がかかってきたとき。

久しぶりに人と会ったとき。

子どもが学校から帰ってきたとき。

家族が帰宅したとき。

「何を言うか」だけではなく、「どんな声で迎えるか」も大切にしてみたいと思いました。

嬉しいときには、嬉しい声で。

安心しているときには、安心できる声で。

相手と話せることを嬉しいと思ったら、その気持ちが少しでも声に乗るように。

人付き合いが得意ではない私でも、声色なら少し意識できるかもしれません。

たった一言の「もしもし?」でも、人の気持ちは伝わる。

そして、その気持ちが相手の気持ちまで動かすことがある。

そんなことに気づかせてもらえた、今回の電話でした。

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