手間は惜しむものなのでしょうか。
それとも、かけるものなのでしょうか。
効率化という言葉が当たり前になった今、私たちは日々さまざまな「手間」を省いて暮らしています。
ボタンひとつで注文ができて、ロボット掃除機が部屋を掃除してくれる。
便利な道具やサービスのおかげで、以前よりもずっと楽に暮らせるようになりました。
私自身もかなりの面倒くさがりです。
できることなら、手間は省きたい。
楽をしたい。
効率よく済ませたい。
そんな気持ちはいつも持っています。
一方で、なぜか自分から進んで手間をかけていることもあります。
面倒くさがりな私としては、少し不思議なことです。
手間は省きたいはずなのに、喜んで時間をかけていることもある。
その違いは何なのだろう、と考えてみました。
手間を惜しみたい私
「丁寧な暮らし」という言葉に憧れがあります。
季節の手仕事をして、食事は一汁三菜。
家の中は整っていて、毎日を丁寧に過ごしている。
そんな暮らしは素敵だなと思います。
けれど現実の私はというと、できるだけ楽をしたい人間です。
料理も片付けも、できれば手早く終わらせたい。
面倒な工程があれば、省略できないか考えてしまいます。
そのおかげで時間が生まれますし、効率化のアイデアも生まれるかもしれません。
むしろ現代の暮らしには必要な知恵なのかもしれません。
誰にも頼まれていないのに手間をかける
ところが、不思議なこともあります。
私は手芸が好きです。
子供たちが幼稚園に通っていた頃には、バッグや小物をミシンで作りました。
刺し子をしたり、編み物をしたりすることもあります。
考えてみれば、買った方が早いものばかりです。
材料費や作業時間を考えると、市販品を購入した方が効率的なことも少なくありません。
それでも作りたくなる。
誰かに頼まれたわけでもないのに、自分から進んで時間と手間をかけています。
それが趣味というものなのかもしれません。
効率だけを考えたら不要なはずの手間なのに、不思議とそこには楽しさがあります。
サラダスピナーを使わない理由
先日、夕食の準備をしていた時のことです。
キャベツの千切りを作りました。
我が家にはサラダスピナーがあります。
野菜を洗った後に水をしっかり切れる便利な道具です。
使えばサラダは美味しくなります。
シャキッとした食感になりますし、水っぽさもありません。
それは分かっています。
けれど、ほとんど使いません。
なぜなら、面倒だからです。
取り出して、使って、洗って、しまう。
たったそれだけのことなのに、その小さな手間を惜しんでしまいます。
その日も最初は使うつもりがありませんでした。
でも、ふと思い立ってサラダスピナーを取り出しました。
少しだけ手間をかけてみたのです。
惜しむ手間とかける手間
そこで気付いたことがありました。
私は手芸には喜んで手間をかけるのに、家族が食べるサラダを美味しくするための手間は惜しんでいたのです。
なんとも不思議な矛盾です。
趣味の手間は楽しい。
けれど家事の手間は面倒。
そんな単純な話なのかもしれません。
ただ、サラダスピナーを使った日の食卓では、家族がおいしそうに食べてくれました。
ほんの数分の手間でした。
それでも、その手間によって少しだけ食事の満足度が上がったような気がしました。
誰にも頼まれていない趣味の手間も素敵です。
けれど、自分以外の誰かのためになる手間も、案外悪くないのかもしれません。
手間を惜しまない日を少しずつ
もちろん、何でもかんでも手間をかければいいとは思いません。
毎日頑張りすぎたら疲れてしまいます。
省ける手間は省いていい。
便利な道具も積極的に使えばいい。
でも時々、「ちょっと面倒だな」と思うことをあえてやってみる。
そんな日があってもいいのではないでしょうか。
手間を惜しむことも大切。
手間をかけることも大切。
どちらか一方ではなく、その時々で選んでいくことが暮らしなのかもしれません。
サラダスピナーを回しながら、そんなことを考えた一日でした。

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